2011年08月01日

痩せこけた牛

野口健ブログより引用

 

福島第一原発、20キロ圏内の世界

6月20日、早朝、私は高邑勉議員(民主党・衆院議員)と福島原発20キロ圏内(警戒区域)に向かった。
高邑議員とは以前から遺骨収集活動でご縁があり、エベレストから帰国後に再会した際に
「野口さん、20キロ圏内に取り残されている家畜が政府の方針により殺処分されている。
私は何度も現場に通っていますが、あの動物達の鳴き声が耳から離れないんです。
何とか助けたい。殺さずに生かしていく方法があるはずです」と訴えていた。

20キロ圏内は警戒区域内。勝手には入れない。南相馬市から許可を頂き6月20日、現場へと向かったのである。
防護服に身を包み、警察官の検問を受け20キロ圏内へ。まず向かったのが豚舎。
豚舎の入口に車を止め、降車したその瞬間にツーンとした臭い。豚舎から数十メートル離れているにも関わらずこの異臭。
豚舎のドアを開けようとしたがしばらく誰も開けていなかったのか、簡単には開かなかった。
ギギギと音を立てながら開いたドア。中は薄暗くそして目が沁みるような強烈な腐敗臭。
中を歩くとプチプチと音がする。足元を見ると地面は一面がウジ。そのウジを踏みつぶしながら歩いていたのだ。

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豚の死骸だらけの豚舎の中
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ウジだらけの豚の死骸
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驚いたのは豚舎の檻の中に生きている豚がいた事だ。

 

檻の中へと目線を移すとそこは豚の死骸の山。顔面がウジだらけの豚や肉の間から肋骨などの
骨が露出している豚の遺体が。多くの豚は餓死していたが、それでも生き延びている豚たちもいた。
3カ月間、水も食糧も与えられずにそれでも生存してきたのは、豚が豚の死骸を食べていたからだ。
糞尿にまみれ、また腐敗しドロドロになったウジだらけの死骸を食べている豚の姿に、
吐き気に襲われ豚舎から出て胃液を吐きだしていた。腐敗臭が身体に染みつき臭いが離れようとしない。
ここはまるで戦場だ。生き延びている豚たちがジッと我々を見つめてくる。言葉は発しないが、
しかし彼らの寂しげな眼差しが「助けてほしい」と私たちに訴えかけているようだった。
檻から放すわけでもなく、かといって殺処分するわけでもない。彼らが餓死するまで放置される。
死を迎えるその瞬間までまさに生き地獄。なんとかならないものかと、ただただ呆然とし、言葉を失っていた。

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まるで虐殺現場のようだった
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餓死していた牛たち(牛舎の中にて)

そして次に向かったのが牛舎。やはり豚舎と同じで何頭もの牛が首を固定されたまま餓死し横たわっていた。
乳牛は餌を与えられる時には首を固定されるのだそうだ。そのままの状態で人は避難し身動きとれないまま
死んでいった牛たち。彼らの亡骸があまりに無残でありその表情から無念さが伝わってきた。
あの状況の中、人が緊急的に避難しなければならなかったのは当たり前の事。
家族同然に育ててきた牧場主の気持ちを思うとあまりにも切なかった。

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首を固定されたまま餓死死していた乳牛
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痩せこけた牛が一頭、ポツンと牛舎の中で・・・何を待っているのだろうか?

posted by Sagittarius at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 希望 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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